七輪の上の餅

記録を残すということ。続くといいな。

母と私と耳と音

今日は、日記。考えとかじゃなくて、日記。
長い。整理されてなくて読みづらい。

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ちょっと説明。
母は進行性の難聴で、今は補聴器をつけていないときは、テレビの音も、サイレンの音も、人の喋り声も全く聞こえない。音が鳴ってること自体がわからない。
補聴器をつけていても高音域はほぼ聞こえないらしい。

真横で喋りかけても、たまに気づいてもらえない。
肩をトントンと叩いて金魚のように口をパクパクすると、『聞いてほしいことがあるから補聴器つけて』の合図になる。

補聴器をつけるようになったのは中学生の頃で、私も母も技術すごい!って興味津々で前向きだったけど、やっぱり自分も心にくるものがあった。
「自分が作る音」に限ったことだけで言うと、
どこからか分からないけど、私の声も私の歌も私のピアノも、かなり聞こえなくなってたんだなぁ。
この先、自分が作るどんな音も声もお母さんの耳に直接は届かないし、難病指定。完全に治せる方法は分かってない。全く聞こえなくなる未来があるんだなぁ。
と思った記憶。

そこから今まで、
聞こえやすい音域で低く喋ろうと意識するようになったり(それのおかげで低音の安定に自信持ってる)、
文字や目に見える作品での表現に積極的になったり(もともと好きだった)、
高校の夢が「音声認識を活用した聴覚障害者をサポートする機械のアイデアを実現したい」「人の生活を便利にする製品を開発する」になったり、(もともとものづくりは好き)
お母さんがまだ聞こえてる間に歌が上手くなりたいと努力したり(これは執着の理由の1つ)、
自分自身にかなり影響を受けた。

なんとなく、「人の要因でそうするようになったみたいな意識持ってるのとは違う」って自分に弁解したくて括弧を添える。何か嫌になることがあったときに誰かのせいにしたくない。
もともと興味があったものたちが、特別優先した興味に分類されるものになった。

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説明に文字数を割いてしまったわりに本題はあまり長くない。

今日の昼食、テレビでクイズを出されているタイミングで私が回答の検討をするような発言をすると、目の前に同じ問題を見てるのに、母は問題文を全く理解してない受け応えをしてきた。

「問題文今そこに書いてあるけど読んでなかった?」
『読んでるときに話しかけられたから全く読んでない』
知らなかった。補聴器をつけても、今は横からの会話を聞きながら1行を読むのも難しいくらい意識を使うのかと理解した。たしかに最近、言わなかったけど字幕付いてるのにドラマの流れを理解してないなって思ったときあった。

今後の対応の中に気をつけたい。どんな状況で聞いてるんだなぁの情報を更新した上で、それを意識した喋りかけるタイミング。
気づけていなかったにしても、配慮できてない言葉を言ったことの戒め。懺悔。

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でも最近良いこともあった。
一昨年、「音楽が楽しめるものじゃなくなった」って言われて1人で泣いたときがあった。
お母さんはエレクトーンも好きだったし、作曲も好きだったし、カラオケに行けば私の歌を好きって言ってくれてたし。

それがあったから、もう音楽系の聞いて欲しいの話題は避けたほうがいいのかなと思ってたけど、
1月6日はお母さんの方から「最近は歌ってないの?」の話が出て、最近の自分の歌を聞いてもらえた。
上手いって褒めてもらえて嬉しかった。
弾き語りも成長してるって褒めてもらえた。
好きな歌声の友達の歌も聞いてもらった。
どこまで聴こえてるのかなぁ。苦しくなるけど、でも鍵盤の叩き方の話してくれたってことはピアノの音、補聴器で聞こえてるんだなぁ。

楽譜が残ってるおかげで、お母さんの高校の頃作った曲も聞かせてもらえた。
何もかもまとまらない話になるな。一旦終わって寝よう。

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試験終わったら、曲を作りたいのと、弾き語り練習再開したいのと、あと相変わらず歌上手くなりたいの気持ち。埃かぶってるエレクトーンにも触れてみたい。友達とゲームする。オンライン飲み会もする。遊んでるだけじゃいられないけど。

本人に教えてもらわないと分からない聴覚のこと、これからも家族で一緒に聴覚との付き合い方を考えたり、自分も対応の仕方考えたりしたい。

【2020/01/22 】